2012年09月10日

忘れ物

リコが、今日は理科の授業で誰も忘れ物がなかったから
先生がすごいね〜って誉めてくれたんだよ、と話してくれました。

へえ〜、それはえらいね。
母さんはね、5年生の時忘れ物したから、掃除の時間に勝手に家に取りに帰ったんだよ。

と子どもたちに話すと、え?っと皆かたまりました。
で?怒られた?と心配そうなので

友達が勝手についてきて、なぜかその友達だけが怒られたんだよ。

側で聞いていた夫が「そりゃ御法度だろう」と呆れていました。

確かに今思えば、御法度だ。
今の子供たちとは時代が違うと言っても、今と同じように
学校の規則は当然ある。
子供が勝手に学校から帰ってくるなんてありえないし。

そんなルール違反を、なんとも思わずやった私はどうしちゃったんだろう。
節度を超えてしまった出来事は数え切れないくらいあるかも。
posted by miyuki at 23:00| Comment(0) | わたし本人のこと

2011年06月30日

待つことができない

夫の親しい知人で成人アスペルガーの男性がいます。
彼は自分が連れてきた仕事上の知人が、帰り際にまだ靴ひもを結んでいる間に
さっさと帰ってしまいその人は一人知らない土地に置いてけぼりにされてしまいました。
そんなエピソードから、そういえばアスペルガー傾向の人って
人を待てないことがあるのかもとハタと思いました。

夫の母、つまりわたしの義母もアスペルガー症候群のグレーゾーンですが
彼女もまた、会合の後などには毎度さっさと前を歩き一人で帰って来ます。

そしてわたしも、多分にその傾向があります。
それは子供の頃からで、たとえばドアが開けば真っ先に入るし
数人で移動するにもさっさと先に進まないと気が済まない。
エスカレーターでも「あ、どうぞ」みたいな譲り合いが始まりそうになる
ちょっと前に先に乗ってしまうとか。
これにはワケがあって、ただ待つのがじれったいんです。
さっさと先に進めば効率が上がると考えているところがあります。
自分が先に行けば、譲り合っている時間が短縮されるし効率がよい。
だから譲られるまでもなく、先に行ってしまう。

そういえばこんなこともありました。
友人数名と旅行に行った帰り、料金節約のために鈍行で帰ろうという話になり
皆鈍行で帰ることになったのですが、自分だけ一人特急で帰ってきてしまいました。
ただ早く帰りたいという一心で。
その時の友人の心境などは二の次になってしまいます。

要は自分勝手なわけです。正しい状況判断ができない。

posted by miyuki at 17:13| Comment(0) | わたし本人のこと

2010年11月13日

言えなかった言葉

私は3才くらいのころからめきめきと自我が芽生え、自尊心も高かった。
高慢ちきにうつったかもしれない、と今思います。
0才からおむつとミルクをもって保育園に通っていましたが、
3才くらいからの記憶がいくつかあります。
覚えているのはどっちかというと嫌な出来事ね。

私は今でこそにこやかに、社交辞令の挨拶ができるけれど
小さい頃は全くできませんでした。
「こんにちは」「ありがとう」「ごめんね」そんな言葉が言えませんでした。
理由は、タイミングがつかめない、必要性を感じない、強要されているようで腹立たしい。
幼稚園で言えば年中の年の頃、先生の水筒からお茶をもらって飲みました。
そして隣の友達も同じようにもらって飲みました。そしてコップを返すときに
その子はこともなげに「ありがとう」と言いました。
すると先生はすかさず、「○ちゃんもありがとうといおうか」と私に言ってきました。
「ありがとう」くらい言えばいいのに。
当然言わなきゃいけないのは知っているのに。
私は急に用事を思いついたふりをして、その場からピューッと逃げていきました。
プライドが高かったせいか、「ほら友達は言えたよ、なんで言えないのかな」と
いわんばかりの先生の態度が受け入れられなかった気持ちもあるし、
ありがとうの気持ちは十分にもっていて言葉にしなかっただけだし、
あらためて強要されて言うことは断じてできませんでした。
ハァ〜。ひとこと言えば楽なのにね〜。

そんな頑固一徹な私に比べれば、娘たちは柔軟だと感じます。
ありがとうやごめんねの挨拶を忘れていれば、ちょっと促すことで
言うことができます。
リコは初対面の人には何があっても挨拶はできないかな。
あたふたして目も合わせられないくらいだから、挨拶なんてとんでもない。
そんなときに、無理矢理に言わせることは私としてはできないのです。
なんとなく気持ちがわかるからね。

posted by miyuki at 22:44| Comment(0) | わたし本人のこと

2010年11月03日

2着の愛着

リコの母、わたしが子供だった頃。
ちょうど今のリコくらいのころの話。
告白したくないけど告白すると、同じ服ばかり着ていました。
2着あって一着は夏、一着は冬。
要するに夏は同じ服をずっときて、冬は同じ服をずっと着ていたってこと。
汚っ。
いまでも色形肌触りを良く覚えていますが、とにかくその服ばかりを着たがり
放任主義の母親もさすがに着替えなきゃダメだと言っていました。
学校があるときは最低2日は着て、母親にダメだといわれ渋々着替え、
また次の日はそれ。
夏休みなんかは洗わずずーっと着ていた記憶があります。

両親が店で忙しく働いていたので、私はほとんどほったらかし。
自由すぎてなんでも自分でやるのが当然でした。
その日に着る服も自分で出して着ます。だから同じになる。

今、自分の子どもたちには私が服を揃えます。
4年生のミチもそう。
朝、時間になると「かあさん、服は?」とか言ってくる。
自分で選んだら?というと渋々選びますが。
リコも服が出てくるのを待っています。
この人は出さなかったらいつまでも下着のままゴロゴロしてるんじゃないかな。
おかげで、リコは毎日違う服を着ています。清潔!よかった!!

posted by miyuki at 22:03| Comment(0) | わたし本人のこと

2010年10月23日

あれ?と思ったこと

あるブログで大人になってアスペルガーと診断された方の記事を読みました。
結婚した配偶者に2週間で「この人、変」と思われたそうで、その原因は

洗濯籠に脱いだものを入れない。
食べた後、皿を台所に持っていかない。皿を洗わない。
あいさつがない(おはよう、おやすみなど)
顔を毎日洗わない。
スーツをいつも掛けない。
使ったものをかたさない。そのまま放置する。
話しかけても、返事しない。

だったということです。
夫に「これって…」と記事を見せると「まさに君だ。全部当てはまる」と言われました。
大学入学直後に夫と知り合いましたが、「変」だと思っていたといいます。
でも夫の家族にも変な人がいたので特に嫌にはならなかったみたい。

リコのアスペルガー傾向について本を読んだり専門医と話しているうちに
どうやら母のワタシもそうなんじゃないかと、私本人も夫も感じていました。
せっかく専門医のところに行っているんだから、一度診てもらってもいいかもと思いましたが
今診断されたからといって、あまりメリットはないかなあと放ってあります。

だから診断はされていないけれども、グレーゾーンにいることは間違いではなさそうで、
夫に自分のことも告白したらいいと勧められ、ならば、とカテゴリ作ってみました。

わたし。
子供の頃は仕切り屋で、勉強もスポーツも万能だと思われていた。
まじめすぎるズボラ。
自分を世間との関わりで考える、つまり相対化は夫と出会うまでできなかった。


posted by miyuki at 22:10| Comment(0) | わたし本人のこと