2017年01月26日

夢か?

リコと妹の交流が一切なくなって結構経ちますが、
リコと妹がテーブルの椅子にそれぞれ腰掛けてテレビを見ながら
なにかじゃれ合って話している、という夢を見ました。
夢の中でも、二人の交流に驚いて、この後ろ姿二人は
ほんとに二人なんだろうかと確認して、たぶんそうだな、
なんだ触れることも話すことも笑うこともできるんだ、と驚いていました。

はい、夢です。ざんねーん。
こころのどこかで、普通の関係でいて欲しいという気持ちがあるんだろうな、わたし。
当然か。
そんな日はまたやってくるんでしょうか…。
posted by miyuki at 15:15| Comment(0) | つぶやかせてください

2017年01月22日

お気に入りのTED

全然関係ないですけど、好きなTED3つ。
ベンジャミン・ザンダーの音楽と情熱はぜひ。特に最後がいいです。

ティム・アーバン
先延ばし魔の頭の中はどうなっているか
https://www.ted.com/talks/tim_urban_inside_the_mind_of_a_master_procrastinator?language=ja

イタイ・タルガム
偉大な指揮者に学ぶリーダーシップ
https://www.ted.com/talks/itay_talgam_lead_like_the_great_conductors?language=ja

ベンジャミン・ザンダー
音楽と情熱
http://www.ted.com/talks/benjamin_zander_on_music_and_passion?language=ja
posted by miyuki at 21:37| Comment(0) | つぶやかせてください

2016年03月29日

ひとつのまとまりと考えるのはやめよう

4人の子どもたちに、できるだけ同じように経験や体験をさせたいと思っています。
ワークショップや美術館や科学館などなかなかいけない場所はとくに。
旅行も。同じ景色をみて触れて共有したいと思います。

でもそれが難しくなってきました。

めったにいけない旅行に、リコは行かないという。
連れ出すのは面倒だから一人残していけばいいと思う父。
気分転換になるから自然のたくさんある場所になんとか連れ出したい母。
今ホットな美術館にも行くんだし。

でも妹と一緒は絶対にいやらしい。
これまでの悪いことが思い起こされて恨みつらみがさらに蓄積するらしい。
死ねと本気で思っているところがある。
殺害計画があると口走る。

だからもうあきらめよう。
ただ一人残していくのは、なにかと心配なことが多いので
父も居残り。

母子の旅。それはそれで気楽で楽しそうだ。

切符も旅館も変更手続きを済ませ、私の家族というくくりの意識も
変更手続き。

行動を一つにしないことくらいは大したことではないと、そう思うようになった。
どうにも聞き入れられないことがあって、一緒にいることが苦痛に感じたとしても
わたしにはまだ子ども4人と夫は等しく守っていかなければいけないと思う。


牧場行ってアイス食べて、きれいな空気を吸って、温泉つかって
美術館いって美味しいものを食べよう。

リコも楽しんだはずの旅行は、リコなしで。

しかたないね。











posted by miyuki at 11:15| Comment(0) | つぶやかせてください

2012年12月31日

2012年は

12月31日になりました。
今年は赤ちゃんがいたせいか、月日の経つのが早かった気がします。
昨年やっと生まれたと思った四女も、もう一歳過ぎて
一年が確実に経ったことを実感します。

長女のミチは長年付き合ってきたpfapaが落ち着いてきて
元気いっぱい前を向いて自分の道をまっしぐらに進んでいます。
通知表あゆみの欠席欄を見ては「3日しか休んでないよ!」と
共に喜べる。熱でソファーに横たわっていた日々を、
笑い話として語れるようになってきました。

二女のリコは聴覚トレーニングをやってから、全体的に調子がよいと思います。
聴覚トレーニングの効果かは不明ですが、結果としてそうなっている気がします。
姉妹たちと比べてしまえば、生活面、学習面でどうしても及ばないところがありますが
絵を描くことについては、誰にも負けない才能があると思います。
りこの将来を少々不安に思いながらも、その才能を活かして生きていく道があることを
伝えています。
それはリコにとっても自信となり、ひとつの大きな夢にもなっています。
この才能はきっと他の及ばないところを十分にカバーする力を持っていると信じます。

三女のユイは周囲をくまなく観察する力と、二人の奇妙な姉から鍛えられた交際力で
学校ではとても安定した生活を送っています。
交友面、学習面、生活面でも非常にバランスが良いらしい。
クラスの全員と分け隔てなく付き合いができるのだそうです。
こういう力は母やリコやミチにはないね。
長期休暇も土曜日の休みでさえも、「学校があればよかった」というほどに
謳歌してます。

四女のイマは心室中隔欠損が思いのほか早く自然閉鎖して心配が一つ減りました。
暇すぎる親との午前中と姉3人が帰宅する楽しい午後のギャップをどう思ってるのでしょうか。
よく食べ、よく笑い、私たち家族に新しい風を吹かせてます。
イマが小学生になるころ、姉のミチは大学生!
まだまだ先は長そうだ(゚∀゚)

父、40にして毎夜大量の食器を洗う。
日々子供の送迎に時間を取られ、本業がなかなか進まない。
ま、そんなもんさ。

母、義母・夫に支えられ、日々崩壊することなく暮らしています。
仕事と赤ん坊の世話と子供らの世話のバランスをどう保っていくか。
手抜きをだいぶしつつ、なんとかやってます。ま、そんなもんだろう。
最近いい音楽に出会った。こういうのが私を浄化してくれる。


リコが通った聴覚トレーニングの先生が、今年もメッセージをくれました。
信念のある言葉に、いつも力づけられ、寛大さを教えられます。

------------------------------------------
命のある限り、新しい年が素敵な年でありますように。
新しく出会う事が美しいものでありますように。
新しい日々が楽しいものでありますように。
------------------------------------------

家族に、友達に、世界の人々に、そう願います。





とりとめのないブログを読んでくださっている皆様、
コメントを下さった皆様、一年間ありがとうございました。
リコの成長を通して、なにか心に残ることが一つでもあれば
うれしいです。来年もよろしくお願いいたします。

posted by miyuki at 01:33| Comment(1) | つぶやかせてください

2012年09月08日

先回りの術

実家の母が言う、リコにもっとやさしくしてやりなさい、と。

やさしくしていないつもりはない。
小さなトラブルが大きなトラブルに発展する前に、阻止したい。
消しゴム一個で、鉛筆一本で、大トラブルが起こる。
体が触れることで、号泣モノのトラブルになることがある。
大トラブルになって母までもキレてしまう前に、小噴火で終わらせたい。

だからトラブルの臭いがすれば「リコッ」と抑える。
そういうやり方が、身に染みついてしまっている。

理想は「○○しようね。」とやさしく促すこと。
「○○にしようか。」と別の案を示すこと。

でもね、これはなかなか難しいんですよ。
しつこく反論されたり、長引いたり。
そのうち別のトラブルになってしまうこともある。

いつもやさしく接するのは理想。そうでありたい。
でもそんな正当論を言われても、私にはこれ以上無理。



posted by miyuki at 00:16| Comment(0) | つぶやかせてください

2011年05月12日

市長交代

先日の選挙で、絶対に無理だろうと思われていた市民派の市長が当選しました。
中心になって選挙活動を手伝っていた義母も涙の大勝利です。
教育費が周辺の市に比べて一人当たり年間15000円も少なく、
かわりに土木費と人件費が飛び抜けているようなこの自治体は
全国でもワースト何位かにランクインされるほどよろしくない市です。
3期も続いた愚政にやっと変化が訪れそう。

新市長は若く子どもの生活の向上を重視していて、
港区の特別支援員の取り組みについての資料を渡したところ
とても熱心に目を通してくれたようでした。
山積している問題をこれまでとは違う視点で解決する
現実的な方策が提案されていて期待できます。

雲の上のどこか違う世界で動いていた前市長と違って
意見を伝えやすく、理解されやすく、柔軟な思考をもつ、
これこそ市民のための市長。
明るい希望をもたせてくれる。


posted by miyuki at 11:38| Comment(0) | つぶやかせてください

2010年05月26日

こそだて

リコの担任の先生に手紙を書きました。内容はリコについての補足事項。
その手紙の一文に
「リコに7年間関わってみて」と記したところがあり、これを見た夫が
「育ててじゃなくて関わって、ね…」とつっこんできました。

「子育て」という言葉が自分にはしっくり来ません。
育てるとは「手間をかけて養い成長させる。養育する。
能力などが伸びるように教え導く。手を掛けてやったり、
教え鍛えたりして、一人前として通用するまでにする。」だって。

子どもがいるからには「子育て」の責任は免れないのですが、
この言葉は育てるものと育てられるものが対等でない気がして
会話のなかや社交辞令では使用するものの、自分の行動として
子育てを認めることができません。
あくまでも子どもを独立した一個の個体という思いが強いからか、
もしくはただ重責を免れたいためか、とにかく「子育て」が苦手です。
ご飯も作るし、自分の考えをごり押しすることもあるけどね。

考えてみればそればかりではなく、夫を「主人」と言えません。
主人といえば一家の主、責任重大な人。そんな感覚の似合う夫ではないし
その地位に規定してしまうようで、しっくりせず。
そういえば結婚直前に電気業者から電話がかかってきて
「ご主人はいらっしゃいますか?」の問いに
(結婚前で主人じゃないし、彼ってのもヘンだし)と悩み結局
「男はいません!」と言い笑われたことがある…。

既定の枠に自分を当てはめることに、小さい頃から違和感があります。
大人になると既に存在する社会のしきたりや仕組みに従わざるをえない
状況が増える気がします。
結婚式の「新婦」という呼び名も、○○家○○家両家結婚披露宴
という表記も本当にイヤでした。
泣きたくなるような苦しさを感じ、結婚式場打ち合わせの途中
親に「結婚式をやめる」と電話をしました。
違和感があるので結婚式をやめたい、そんな理由はおそらく理解されず
結局は最後までやりましたが。

上司と部下の関係もつらいし、ひいては就職のために手当たり次第
会社を当たることもできませんでしたし。

現在は「母」であることは間違いなく、せめて「子育て」からは
意識の上だけでも解放されていたい、なあ。


posted by miyuki at 22:30| Comment(0) | つぶやかせてください