2015年09月25日

SEKAI NO OWARI「SOS」

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2014年02月26日

おおかみこどもの雨と雪

細田守監督のおおかみこどもの雨と雪を観ました。

詳細は書きませんが、いい映画でした。
何が普通の定義かはっきりしないにしても、普通であることがヨシとされる社会で
普通とは外れた生き難さをかかえた人、つまりはリコや私(笑)でさえ
生きる場所が用意されているのかもしれないという
淡い希望を持ちました。

サマーウォーズと同じ美術監督でしょうか?
時間が無くて早送りで観たんだけど、思わず通常再生にした
美しい映像が多々ありました。
posted by miyuki at 11:42| Comment(0) | 文化・芸術

2013年04月30日

マリオ・ジャコメッリ写真展

mario.jpg

白、それは虚無。黒、それは傷痕。


とりわけ目をひいたのは、ホスピスとルルドの写真たち。
しわがれた顔、骨の浮き出た体、くぼんだ目、深いしわ、濃いシミ。
心許ない口で食事をすする。
明日に希望があるのか、ないのかじっとそこにいる。それとは対照的な活発な子猫。
横たわったまま行列をなす礼拝者。
そこにいるのは自分自身なのだ、というジャコメッリの言葉。

モノクロの写真は、力強さと同時に薄ら寒さすら醸し出していました。
この写真展をみたからか、すっかり気分が落ち込んでしまいました。
軽い鬱のような状態かもしれない。

自分自身に価値を置くことが難しいとき、自分の価値を見いだせるものは
私の場合まわりの人とりわけ家族との関わりの中にある。
そう思えるならラッキー。
でも実際はそこに価値があるのかどうか、自分の存在がどうなのか、
だんだんとその判断基準は独りよがりになってくる。
それに気付かないうちは不幸中の幸い。
そして関わる人との関係も一切考慮できなくなったとき、
自分の意味とこれからくる将来の意味に価値が見いだせなくなる。
そう気付いたときは、結構落ち込む。
いや、落ち込みたくなくても落ち込まされる。


なにげにジャコメッリの写真には、そんなことを気付かせる
不気味な力があったように思います。
ジャコメッリの意図するところではないのかもしれないけど
少なくとも私には、大きな打撃だった@。@


***

恵比寿の帰り、嫌がる長女ミチを説得し、原宿竹下通りを「体験」しに行きました。
もう、駅からすごい人。
人混みの流れに押されるように、竹下通りを往復し、すっかり気が滅入ってしまいました。
刺激が多すぎたか、リコはかなりの人混みの中、私達の集団から離れて
さっさと歩いて行ってしまい、あやうく見失うところでした。
たぶんすべてをシャットアウトしていたんだね。状況判断不可の状態のようでした。

ebisu5.jpg
人混みに尻込みする3人。


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2011年02月06日

ダ・ヴィンチ展

davinci.jpg

日比谷公園内のダ・ヴィンチ展に行きました。
この天才と一緒にするのは何なのですが、リコとダヴィンチの共通点。
40年に渡って書きつづられたとされる膨大な手稿が書かれた小さなノートは
すごいアイデアやスケッチがぎっちりめいっぱい書いてあります。
しかも鏡文字で。
なんだかリコのノートみたいだぞ。
「リコもこうやって書くよね」というと満足げにうんうんとうなずいていました。

そして空を飛びたい欲求。
羽根の仕組みを研究し、人には筋力が足りないことを知ると
次はヘリコプターのような装置を考えました。
そのでっかい装置が展示されていましたが、今でこそ冗談のような代物ですが
現代の技術の原形となったわけで、そのアイデアがすごい。
ヘリコプター、うつぶせ式の羽ばたき飛行機、パラシュート、羽ばたきのテスト、
飛ぶための考案が物理学的な思考からなされている。すごすぎる。
ロボットも戦車も発明してるし。
一見笑ってしまいそうな事柄を大まじめに考えていて、お茶目だなあ。
大真面目なんだろうけど。
ヘリコプターのでかい模型をリコは
「これ、飛べる?私も乗ってみたいんだけど」と興奮気味でした。


家に帰ってリコはダヴィンチ風にキッチン模型を画用紙に書き、
これはこうなってこうなって、と立体になる様子を説明してくれました。
そして夕飯もそこそこに、キッチン制作に熱中し机に向かって
一心不乱に制作に励んでいました。
ダヴィンチ風に。





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2011年01月09日

美女と野獣

舞台鑑賞は聴覚過敏のリコにはもう無理かも、という思いもありましたが
こりずに観に行きました。
劇団四季の美女と野獣。
泣いた子供のための親子観劇室も用意されているし、ロビーに避難しても
スクリーンで観ることができるし、なんとかなるだろう…。

予習としてディズニーのDVDを観ておいたのですが、それがいけなかったか
行く前から「怖い〜」とおよび腰でした。

イヤーマフと耳栓をつけてダブルで防音し、隠れるためのコートを持って野獣に
臨みました。
やはり野獣が出てくるシーンは音も光も激しく、しっかりコートに隠れていました。
いつまでも隠れているので、トントンと肩をたたいて「大丈夫だよ」と呼び
また隠れ…と繰り返しながら全編観ることができました。

全体的にはあんまり怖くなく、どちらかというと楽しんだようでした。

次は赤毛のアンを観たいと言っていますので、
まだ舞台鑑賞もトライする価値がありそうでよかった。

そもそも美女と野獣は付随的なもので、第一の目的はリコの「海のイルミネーションがみたい」
という汐留のイルミネーションでした。
汐留まで行くなら、なにか他にないかなということで美女と野獣になったわけです。

次は赤毛のアン。サウンドオブミュージックもいいかもね。
京都まで行って父だけオペラ座の怪人、女性陣はお寺、というプランも浮上中。

siodome2.jpg


siodome.jpg
posted by miyuki at 21:50| Comment(0) | 文化・芸術

2010年03月25日

狼たちの午後

こんどるず

近藤良平さんのコンドルズの舞台をリコ、ミチと観に行きました。
一応子ども向けではあるけど、三匹の子豚は狼に丸焼きにされるし
狼のおなかから助け出された赤ずきんちゃんはどろどろに溶けてるし
マッチ売りの少女は幸せそうな家庭に火を付けて猛ダッシュするし。
アクの強い俳優揃いなので、そこにいるだけで笑えます。
ミチもリコもよく笑いました。

近藤良平さんの踊りはやはり際立っていて、肉体美に釘付けです。
オペラグラスで覗きまくり。

時折鳴り響く爆音に今日はイヤーマフが大活躍でした。
posted by miyuki at 22:20| Comment(0) | 文化・芸術

2010年02月02日

3位!

いつも穏やかな気持ちでいられるわけはなく、どうしようもなくローで
ブログに記録する気力もないわけで…。

昨日ローザンヌ国際バレエコンクール第38回で佐々木さんという15才の女の子が
3位に入賞しました。女性では世界一位です。
「佐々木さん3位入賞ローザンヌ」というタイトルだけでピン!ときて
ローな気分が一気にバクバクになってしまった。

彼女が10才くらいの時から、あまりの踊りのうまさに感動し
何度か舞台を観に行っていました。
手足が長く顔がめちゃ小さく、ちょっとした動きが美しい!
踊りの技術も表現力も舞台上でずば抜けていて見る者を釘付けにしてしまいます。
秘かにファンであった彼女が、弱冠15才で世界に認められ
ただうれしくもあり、ああやっぱりという思いもあり。
所属バレエ教室の先生のむかーしを知っています。
志高くバレエ団を経営されていて素敵な先生です。ハンサムだし。
大事に育てられたんだろうなあ。

ここで決勝の模様をみることができます。何回もみたよ。

http://liveweb.arte.tv/fr/video/Finale_du_38eme_Prix_de_Lausanne/

「こどものためのバレエ入門」に出演していますがこのころから
完璧な動きです。

ブラボー!

posted by miyuki at 18:42| Comment(0) | 文化・芸術

2010年01月10日

ニクーリンサーカス

ニクーリン

ふと思い立って東京ドームへニクーリンサーカスを観に行きました。
出かける途中、イヤーマフを忘れたことに気づいたのですが
グローブジャングルをバイクでぐるぐる回るようなショーはないので
結局必要ありませんでした。

動物は犬、熊、フェレットのショーと空中ブランコやシーソーのアクロバットショー。
はじめての本格的なサーカスは子どもたちにとって、驚きと笑いの連続でした。

私にとってはサルティンバンコ以来のショーでした。
空中ブランコやシーソーのアクロバットは、以前ならただすごいすごいと
感激するばかりでしたがいまや年を取ったせいか、きっと真顔で苦しい練習を積み重ねているんだろう、
危険なことが多いだろう…そんな余計な心配ばかりで恐怖心があらわになり
「ひゃ〜ひぇ〜、みたくない〜〜」とユイの肩越しにのぞき見るようなかたちになってしまいました。
ほんと、感動とかではなく、もうやめて〜〜と涙でそうになります。

ショーが終わると前に座っていたリコがくるっと後ろを向いて目を点にしたまま
「もっとみたかった…」とつぶやいていました。
そしてユイは「男の子がかわいかったね」とナビゲータとして出演する
ロシアの美少年のことばかりを言い続けていました。

2月までやっているようです。
なかなか楽しめますよ。

ちなみに席はSS席アリーナの後方よりは、一つランクをさげてS席バルコニー席の方が
席位置がぐんと高くなっていて見やすいと思います。
バルコニー席はガラガラでしたし。
posted by miyuki at 22:07| Comment(0) | 文化・芸術

2009年11月23日

エドワードボンドのリア

リア

串田和美+白井晃プロジェクト第4弾
あさひ7オユキ、真那胡敬二、藤井びん、水橋研二、原金太郎、内田紳一郎、三松明人、草光純太、大橋智和、弓削智久、斉藤悠

リアは人民に壁を築かせている。領土を敵から守り、自由を得るために。長年にわたり壁を築いている。しかし、なかなかそれは完成しない。その上、農民がこっそり、壁を崩しているので、いつまでたっても壁はできない。この壁をめぐりリアは娘と対立し、国を追われる。
 二人の娘、ボディスとフォンタネル。残虐なたくらみに走るふたり。
 墓堀の息子の妻コーディリア。彼女の夫はリアをかくまって、兵士に殺され、亡霊となってリアの前に現れる。二人は父子のように寄り添いながら、狂乱の世界をさまよう。そして、リアは自分の過ちを悟り、壁を壊しはじめる。ところが、今、その壁は領土を守って自由を得るために、新しいリーダー、コーディリアが築き始める。彼女は最後に王国を倒す新しいリーダーとなる。そして、リアは見張りに雇われた農民に撃たれて殺される。(内容ウエブより)


暴力、グロテスク、大音量、破滅。そんな舞台。
エドワードボンドはただ暴力を描いたのではなく、暴力の根底にあるものを描き出そうとしていました。
権力にあるものと底辺にあるもの、そこに立ちはだかる絶対的な隔絶。
壁の向こうにあるものへの攻撃性とそれを法と秩序で治めようとする道徳。
社会を黙らせるための道徳は強引に善とされ、人々は恐れおののきながら社会に迎合する。
ボンドが言うには現代社会はこうして危険なほど攻撃的になり、それによりさらに攻撃性を呼び起こす。出口がない。不正な社会は暴力的にならざるを得ないと。

そんな絶望的ななかで、墓堀の息子がひとつの解決の糸口を提示します。憐れみの心を持つ彼は、殺され亡霊になってもなお傍若無人のリアに寄り添います。
亡霊の無垢な心に触れ、盲目になったリアは次第に人間らしい心を取り戻していきます。
水橋研二さん演じる亡霊は無垢の象徴とされ、それはボンドが唯一希望を託した子供のもつ根源的な無垢さを表していました。
ヘンリー四世に続き、今回も狂人の串田さんに寄り添い舞台上でいつも見守る亡霊の水橋研二さんは知らない役者さんでしたが、演技力がすばらしく舞台上にずっと配置されている演出とあいまって
やたら心を打たれました。彼が舞台にいる間、ずっと泣けてしまいました。
権力に安住するものとそうでないものの間を取り持つなにかが、今欠けている気がしてなりません。唯一の希望は見いだせたものの終わった後の気の重さといったら。

ボンドの暴力やエグいところを白井晃さんがどのように演出されるのか期待していました。
ボンドの台本通り暴力的でリアルでした、内臓も目玉も。人間の皮膚に近いものはリアルに表現したとのこと。
それでも残酷さばかりではなく喜劇的でもあること。演劇だなあ。
そして緒川たまきさんは美しかった。
posted by miyuki at 23:23| Comment(0) | 文化・芸術

2009年02月26日

ピランデッロのヘンリー四世

へんり


串田和美さんと白井晃さんの「ピランデッロのヘンリー四世」をひとりで観にいきました。
お二人のプロジェクト『ヒステリア』『ジャックとその主人』に続く第三弾。
イタリアのノーベル文学賞作家ルイジ・ピランデッロ原作の『ヘンリー四世』です。
イタリアに住む一人の貴族が、落馬事故を起こし、自らを中世ドイツの皇帝ヘンリー四世だと
思い込む。20年の時が過ぎ、男がかつて愛した恋人や医者が正気に戻そうと試みる
…というお話。
ストレートプレイは久しぶりに観ましたが、胸がガンガンに熱くなるような
こんな舞台は初めてかもしれません。年とったからかな。
真っ白な舞台は舞台上に設置された証明スイッチとパソコンで場面が変化し
シンプルで無駄がなくテンポの良い白井さんの演出はすばらしかったです。
ヘンリー四世と思いこむ男が住む別荘に雇われた人たちが、男のために衣装を着て
役割を演じます。
串田さんの狂人ぶりを観ているうちに現実から隔絶された虚構の世界に生きるヘンリー四世は
今の社会にあてはめて言うことができるし、アスペルガー症候群もあるいみそうではないかという気がしました。
自分の正当性は他からみれば間違いを指摘されることも馬鹿にされることもあり
誤解が生じることになります。自己の正当性が崩れる。
小林秀雄についてのなにかの文で自己の社会化は崩壊に次ぐ崩壊の徹底的経験ということが書いてありましたが、まさにヘンリー四世のテーマであったように感じました。
20年間ヘンリー四世だと思いこんでいた主人公は、実は8年前に
正気ににもどっていたことを告白します。狂人のふりをしていたわけです。
知らぬ間に世間から冷たい視線を浴び狂人扱いされ、主人公は現実世界へ戻る契機を
失って孤絶してしまっていました。
アスペルガー症候群は社会で生きていくために術を習得して行かなくてはなりません。
自分の世界だけで生きていてはぎくしゃくしてしまうことがあるのです。
(もっとも周囲の理解があってのことですが)
何が真実かわかりませんが、今の時代をうまく渡るためにはヘンリー四世化しないように、
社会とつながる術を探っていかなければなぁと帰りの電車でぼんやりと考えるのでした。


エンリコ四世
posted by miyuki at 13:50| Comment(0) | 文化・芸術