2018年10月06日

長期的にな

今日は小一、四女の運動会でした。
長女からすると連続12回目の運動会参戦(というかただの観覧)。
いろいろ思い出しますねぇ。。
長女は周期性発熱で3年生までなんと運動会に参加していなかったらしい(本人の記憶)
途中まで参加して早退したこともあった気がする。
小学校低学年はほぼきっちり45日周期で5日間の高熱が出ていて、ソファでぐったり寝ていることが
ほんとに多かった。
今はすっかり元気に学校に通っているのでそういう時期の心配もなんだか忘れてしまう。

リコはピストルの刺激でぜんそくと高熱が続いて、2年生からは学校側が自主的に
笛に変えてくれた。
それでも他の学年のピストルが怖くてこっそり耳栓をして、「耳栓がみえていないか」を
しきりに気にしていた。
集団での練習も大変そうだったし。

当時はもうその一つ一つの出来事に必死に対応して、時に落ち込んだり悩みを深くすることもあって
結構気持ちがいっぱいいっぱいだったかもしれないな〜。
これから高学年、中学になっていくのにこれどうすんの?と先のことをいろいろ心配していた。

姉さん二人、その頃からすると見違えるほどしっかりしているな〜と。

長期的な視点でみるのは意外と難しくて、目の前のごたごたに
心を砕いてしまうことがほとんどですが、
なんとかなるのかもしれないと未来に漠然と希望をもつのも
ありかもしれない、と思った運動会でした。
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2016年12月02日

三女面談

5年の面談がありました。
三女は園児の頃からよく周りを観察し、だれとでもうまくつきあえる
高いコミュニケーション力を備えていて、小学校でも男女関係なく上手に遊べます。
塾にも行ってないので毎日放課後はお友達の家に遊びに行き、夕方遅くまで
めいっぱい遊んで帰ってきます。
そして先日あった自治体の統一学力テストも理科は平均、それ意外は優良でした。

「なんの問題もないと思います。すばらしいですね、たくさん遊んで勉強もできてうらやましいです〜。」
と先生。
「ほんとですねー」
と母。

担任の先生は若い女性の先生ですが、長女が小学生の頃からいらっしゃるので
長女も次女(リコ)のこともよく知っています。

とくに話すことはないので、家でのリコとのあれこれを少し話しました。
なんの問題もなく、ほがらかに毎日を過ごしているように見えて、
実は人知れず闇をかかえていて、不条理なことや理不尽なことにストレスを感じていると。
部屋(カーテンで仕切られた机)で泣いていることもある。
最近はリコからの直接の会話は全くないので、以前に比べたら直接的な悪口はなくなったものの
全く話すことがなくなった状況への悲しさがあるように感じます。

九州のじじから久しぶりに携帯に電話があって話したようで、
「りこちゃんにいじめられてないかな」と聞かれ
最近は全然大丈夫だよ、と答えたらしい。そして泣きそうになったらしい。
そんな気遣いまでしなくていいのに。
じじもユイに直接状況を聞いてはいけないな…。

先生が最後に道徳の授業の作文を少し読んでくれました。
生まれる赤ちゃんの産声についての授業かな。

これまでは妹の泣き声をうるさいとおもっていたけど、授業をきいて
そういうふうには思わなくなった。
私も姉にうるさいと思われないように…なんとかかんとか。。。

という内容。
そんな作文をみて、思わずわたし泣いてしまいました。
ついでに先生も泣かせてしまいました。。

リコから長年ピンポイントで恨みの対象になっている三女は
親にもわかりきれていない苦しみがあるかもしれません。
あなたはなにも悪くないよ、といつも伝え、
リコの状態もほんとうは悪気はないはずで、そういう思考になってしまっていて
理解をしてあげようと。

いつも明るく笑っていられるように、ユイにもリコにも同じように
味方でありたいと思います。



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2015年06月02日

アインシュタイン放課後

自閉症児の父が、新しい視点から貢献したいと思ってつくった「アインシュタイン放課後」 株式会社アイム代表 佐藤典雅さんインタビュー

http://news.kaigonohonne.com/article/459

自閉症の子って普通に知能テスト受けると知能レベルが低いと診断されます。私たち大人が期待するような方法で反応しないので、思考力や認識力も弱いと思われがちです。でもその反対なのですよ。

私は親として自分の子どもが自閉症であることを、かわいそうだと思ったり不憫だと思ったりしたことはないのですよ。大変だなとは思いますが(笑)。まわりがこの子はかわいそうだと決めつけた瞬間、かわいそうになってしまう。でもこの子は生まれた時からそういう感性で生きているから、自分のことを不憫だと思ったことはないはずです。大変とかわいそうは決してイコールではない。差別や偏見を取り去るためにも、この子はかわいそうな子じゃないと親が胸を張っていくことが大切だと感じています。
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2014年10月04日

アインシュタインから学ぶ人生教訓10選

アインシュタインから学ぶ人生教訓10選
1. 好奇心に従え!
“ 自分に特別な才能があったわけじゃない、ただ好奇心旺盛だったんだ”
自分が最も関心のあることを追求する、それが成功への鍵となります。
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2.忍耐には値段のつけられない価値がある
“私が頭が良かったのではなく、辛抱強く問題と向かい合ったことです。”
切手の価値は、送り先に届けられるまで郵便物にはりついていられるかにある、という表現があります。いったん始めたことは最後までやり通す忍耐力が大切です。
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3.現在に集中する
“運転しながら可愛い女の子にキスする男は、キスにふさわしい注意力を払っていない”
同時に2つのことをこなそうとすると、どちらも中途半端になってしまう、つまり二兎を追うものは一兎も得ず、です。集中力は強力なパワーであり、成功の是非に関わる重要な要素です。
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4.空想には大きな力が秘められている
“空想は、知識よりも重要である。知識には限界があるが、空想は世界すら包み込む”
アインシュタインは、「真の知性とは知識ではなく、想像力である」とも言っています。”想像力筋肉”を日々鍛えましょう。
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5.失敗を犯そう
“間違いを犯したことのない人とは、何も新しいことをしていない人だ”
間違えることを恐れてはいけません。私たちは、間違うことから教訓を引き出すことができるからです。間違えることによって得られるパワーを発見しましょう。
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6.今この瞬間を生きる
“私は未来について考えたことがない。すぐに来てしまうのだから”
未来を良きものとするためにも、今この瞬間を大切に生きることが大切です。昨日や明日を”今”変えることは出来ないのですから、生きているこの瞬間を大切にしましょう。
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7.価値を生み出す
“成功のためではなく、価値を高めるために努力せよ”
成功を求めるのではなく、あなた自身の価値を高める努力を惜しまないようにしましょう。自分が社会や他人に貢献できることを追求することが、ひいてはあなた自身の成功にも繋がります。
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8.違う結果を期待しない
“違う結果を期待して同じことを何度も繰り返すことは愚かなことだ”
何か違う結果を期待して、毎日同じことを繰り返してもなにも変わりません。人生を変えたいのなら、今までの行動や思考法を改める必要があります。
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9.知識は経験から得られる
“情報は知識ではありません。知識の唯一つの源は経験です。”
日本にも”案ずるより産むが安し”ということわざがあります。まずは実行して経験を積むことです。貴重な知識は、実体験に裏打ちされてこそいきてきます。
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10.ゲームに上達するにはまずルールを熟知すること
“まずゲームのルールを学ぶこと、それから誰よりも優れたプレイヤーになる”
つまり、一見回り道のようでもよく自分の活動する分野のルールをよく知っておくこと、それから覚悟を決めてゲームに参加すること、重要なのはこの2点に尽きます。この2つをちゃんと実行すれば、成功はあなたのものです。
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2014年09月11日

中学校の通級指導学級たより

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姉の中学校から届いた、通級学級のおたより。

「どうしてできないの?」とせかしていませんか?…急かし気味です。
とにかく回数をやればできるようになると思っていませんか?…何度もやってるうちに慣れるよきっと、と願ってます。

普通学級でなんとかそれなりにやっているリコですが、やはり基本はこういうところにあると
あらためて思いました。
他の人に遅れたくない、他の人ができるのに自分だけできないのはイヤだ恥ずかしい、
そういう気持ちが強いリコなので、本人としては精一杯やっています。
ときどき虚勢を張っているような姿が、なんともいたいけな感じを受けますが
本人の「他の子と同じようにありたい」希望は、尊重したいと思います。

でも言いたいことは、辛すぎるならやらなくていい。
ずっと先を見据えよう。
大人になって、毎日の日常がそこそこ平和で、食べていけるだけの収入と支援があって
自分が充実感を味わえるなら、それが何より。
そう考えれば、難しすぎる算数も少し分かって、問題がいくつか解ければいい。
理解に苦しむ問題は、親と一緒に解ければいい。
まわりについて行けないことが、ずっと先を考えればそんない大きな問題にはならないことを
伝え続けよう。

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2014年08月29日

中学の先生に伝えるかどうか

中学生になったら、先生にアスペルガー症候群のことを言わないで欲しい、とリコが言ってきました。
2年生の時に、担任の先生がみんなにリコの聴覚過敏のことなどをそれとなくお知らせしたことが
とても恥ずかしかったようで、特別視されることを心配しています。

もしリコがそう希望するなら、先生には伝えないでいることもできます。
なにか不都合がでてきた場合は伝える、というふうにしてもいいかもしれません。
(実際は入学時に小学校から中学へなんらかの伝達があるかと思いますが…)

まだあと2年くらいあるからじっくり考えればいいし、直前にどういう気持ちになるか
わからないから、その時に決めればいいと思っています。

でもね、先生にアスペルガー症候群の傾向があることを伝える意味は
リコの感じるところとは違うところにある。
リコが特別な人ですということを言いたいわけではない。
声が聞き取りにくかったり、次にどこに行けばいいのか状況判断できなかったり
言われたことが正しく理解できなかったり…そういうことが起こったときに
頭ごなしに先生に怒られてしまうのは、どうにも理不尽だと思う。
中学になれば教科ごとに全部先生が変わってしまうわけで、
先生の良識だけにすべてをゆだねてしまうことは危うさを伴う気がしています。
不条理な事態をできるだけ避けるために、伝えておくのもいいと思うけどね…

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2013年08月22日

生活力

常々、子どもたちには生活力を培って欲しいと思います。
現時点での生活力の意味は、お金とか専門技術とかではなく
もっと原始的な、生きるための最低限の技能。
たとえば親が留守の時にお腹が減ったら
自分で冷蔵庫にあるものから何か食べられるものを作るとか、
お菓子の袋が開けられなかったら、はさみを使ってみるとか…。
状況に臨機応変に対応できる力、サバイバル力ともいえるかな。

うちの子どもたち、父母が常に家にいてあれこれと世話をしがちなので
そういう意味での生活力がちょっと弱い気がします。

特に姉のミチは、長女だからか生まれつきの性格なのか
一つひとつ、正しいのかを確認しないと先に進めません。
「適当にやる」というのが最も苦手。
事細かなディレクションを求めてきます。

この夏休み、子どもたちには毎日交代で、朝ご飯の準備を手伝ってもらっています。
こういうところで、それぞれのキャラが出るのでちょっと見物です、笑。

プレーンオムレツの場合…
長女のミチはもう何度も作っているので、できるはずですが
砂糖や牛乳の量をいつもいつも確認してきます。
「このくらい」の感覚がつかめないし、失敗するのを恐れているみたい。
だから、ミチには卵一個に対して砂糖と牛乳の量をきっちり決めました。
計量スプーンで計れば間違いない!
おかげでだいぶスムーズに事が運ぶようになったけれど
それでも「砂糖は小さじ1/2だよね?」と確認してきます。
慎重派。


リコは母の適当な口頭の指示で割とさっさと動きます。
「適当な」量を知らないので、入れすぎたり少なすぎたりしますが。
リコのオムレツ作りをみておもしろいのは、
フライパンをあたためて、バターを入れて溶けたら
卵液を入れる…というプロセスをふまず、
いきなりフライパンに卵を入れようとするところ。
そのたびに、火を付けて先にあたためるんだよ、とアドバイス。
ちょっとこっちが慌ててしまう…。

一見しっかり者で慎重派のミチですが、生活力という観点からすると
弱いかなあと思います。指示待ち人間?
もっと自分で考えてやってみて欲しい。
trial and error!

一方リコは、失敗は多いけどとりあえず思うようにやってみようとするあたり、
なんとか生きて行けそうな気がします。
親の目を盗んで、隠し持っているお菓子を食べてみるとか
バナナを冷凍庫に入れて、自分のためにバナナアイスを作るとか。
そういうちょっとしたことも、生活力なんじゃないかな。


総菜屋を長年営んでいる私の父は、アルバイトの若者を雇うときには
いつも「ちょっとワルだった人」を採用します。
長年の経験から、ワルさをしてきた人は仕事が器用な傾向があると
父は言います。
それはもしかしたら、生活力がものをいっているんじゃないかな。


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2013年02月15日

感覚統合

自分が正常と思われる自分であるためには、感覚統合がうまく機能している必要があります。
私達の感覚には、
☆五感(味覚、嗅覚、聴覚、触覚、視覚)
☆前庭覚(バランス感覚,平衡感覚)
☆固有受容覚(筋肉,関節の感覚)
この三つがあります。

固有受容覚は自分の体の部位ががどこにあるか感じられたり、一定の動きをするのに
無意識に動かしかたがわかるというもの。
自閉症の子が手足の感覚がわからないというのもこれによる。

これらの様々な刺激が、複雑に絡み合い脳内でうまく処理され、
適切な行動ができるように組織化されていることを感覚統合と言うそうです。
感覚統合がうまくいかないと、書いたり、読んだり、まとめたり、計算したり、記憶したり
と言うような働きにつまずきを示し、行動的にはかんしゃくを起こしやすかったり、
衝動的であったり、著しい緘黙であったり、多動であったりということがおこる。

昨日の先生との立ち話の記憶をたどれば(間違っていたらすみません)
刺激を脳に伝えるための玄関口(受容器、レセプターというのかな?)が
適切に開いていて、なおかつ送られてくる信号が適切であれば
脳は正しく指令を出すことができ、いわゆる普通の反応ができる。
ところが、このレセプターが開きすぎていたり、送られてくる信号が弱すぎたりすると
脳は適切な判断ができない。逆に、レセプターが狭すぎで情報が入りにくい場合も同じ。
運動機能でこのようなことがあれば、脳はもっと多くの刺激を求め、結果として
体が勝手に動いたり揺れたり頭を振ったり、多動の症状が出る。脳が要求しているんだね。
この脳の要求に応えるには、走るなどの運動をするといいらしい。

リコのような聴覚過敏の人は、レセプターが開きすぎていて、普通の刺激でも
過剰に反応してしまうようです。

リコも感覚統合がそれほどうまくいっているとはいえません。
たとえば、指さしをして「あそこのあれがね…」と教えても
どこを指しているのかがわからない。

右左上下が感覚としてわからない、概念的なものがつかめない
そういうものも感覚統合が関わってきます。
たとえば先生が「先生の前で向こうを向いて立ってください」と指示を出したとき
感覚統合がうまく機能していないと、指示通りにできないことがあるそうです。
「先生の前で?向こう?を向く?」空間的なものがつかめず、
遠く(向こう)に行ってしまったりすることもあると。

運動が上手くできないのも、指示通りに動くことができないのも
本人としては精一杯の判断をして動いています。
だからここを「不真面目だ」「ちゃんと見ていないからだ」と決めつけてしまうのは
本人を傷つけてしまうことになる。

子供に接する人(特に先生)は、脳科学の知識とアプローチが不可欠だと感じます。

そういえば、耳鼻科の先生が聴覚過敏はだんだんと感覚統合がうまくいくことがあるので
成長すれば少し改善すると、以前おっしゃっていました。




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2013年02月01日

視点を変えよう

外国人の友人と話している途中にリコがパニックになりました。
リコのことを説明しパニックになったから面倒を見てくる、
いつものことだと話すと
一言「kawaisou」とその友人は言いました。

リコがパニックになるときに限らず、扱いが難しい状況になると
「ああ、まただ」「面倒なことになった」「ああああーーー」
という自分の気持ちに負荷がかかります。
面倒な状況に早く始末をつけたいために、悪魔のようになってしまったリコに
同じく悪魔のような態度で向かったり、言葉で押さえつけようとしたり。
パニックになって部屋で物を投げつけている状況も、放っておくしかなく
ただ貝のようになってことの成り行きを淡々と見守るだけ。

でも「かわいそう」の言葉を聞いて、ちょっとハッとしました。
リコがどれだけ戸惑っているのかというその気持ちに寄り添うことを
すっかり忘れてしまっていました。
そうだ、リコがパニックになるとき、難しい状況に陥るとき
一番困っているのはリコだった。
リコがかわいそうな状況に陥っていることに思いを寄せれば
もっと違う対応ができるかもしれない。もっとやさしくできるかもしれない。

そんなことは分かっていたつもりだけど、もう一度
リコの気持ちに寄り添おう。
posted by miyuki at 16:13| Comment(0) | 私たちの思い

2013年01月21日

父からの寄稿2

夫は常に忍耐強く、理性をもってリコに接する。でもまれにキレる。
一日荒れ模様のリコの世話をし続けた夫の寄稿、心の叫び。

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高機能自閉症児童との暮らし

「環境ホルモンの影響」のせいだかなんだか知らないが、生まれた我が子が高機能自閉症だった。

高機能という言葉が示すとおり、いわゆるハンディキャップをもって日常生活にサポートが必要な常況というのはない。

しかし、あらゆる場面で普通と異なる言動に苛まされるのが高機能自閉症の子供の世話だ。

心療内科医は本人の自尊感情が健やかに育まれるよう、親は決して本人を傷つけてはならないと「説明」。しかし、毎日毎日、いい意味でユニークな、悪い意味で短絡的で人の気持ちをまったく顧みない、アスペルガーの人特有の言動の数々と向き合うのは並大抵のことではない。

数年前にアスペルガーの子供を公園かどっかで殺害した母親のことがニュースになった。また、数々の児童虐待が報じられるたびに、他人ごとではないと暗い気持ちになる。子供に向かう暴力(言葉の暴力も含む)をこらえるのは、もっぱら自分のたよりない理性と自制心しかない。子供がアスペルガーだったり、もうどうしようもない場合。親がふとした拍子に我慢できなくなり、我が子供を手にかけてしまうのは、分からないでもないのである。

しかし、そうなれば犯罪だ。子供のためにならないばかりか、自分の人生も棒に振ってしまう。だから、アスペルガーの子供にどんなに困らされても、ひたすら耐え忍ぶしかない。それだけだ。この忍耐の原因は、「環境ホルモン」とかいうまったく分けのわからないこと。学者が知った顔でそんなこといったって、この私の問題にはなんの解決にもならない。私の忍耐が終わることはない。

ところで私の、この忍耐の行く末は何だろう? 厳しさを増す就労環境で、ちょっと変なアスペルガー症候群の人の就職は難しいだろう。施設に入れようにも、もっと重篤な疾患のひとでいっぱいで、「高機能」は断られる。自分で一生面倒を見ないといけないだろう。

アスペルガー症候群の人の中には、たぐいまれな脳力をもって活躍できることもあるとか言われているが、娘にそうしたとくべつな脳力は今のところまだ見つかっていない(涙)。たまに、図画工作で書く絵や造作が選ばれて展示される程度のことである。

本当に先のない、辛い、悪夢のような暮らし、アスペルガー症候群の娘との暮らしがこの先ずっと続いていく。

この理不尽で耐え難い不条理を、なんとかやりくりできているのは、世話をほかの家族とのシフト制にしているからだ。子どもと接する時間を決めて、それ以外は世話のことは忘れてストレスを解消したり、仕事したり休憩したりすればよい。同居の祖母や妻が、その間の世話を担当する。

場合によっては、テレビやゲームが娘の相手をしていることもある。投稿1を読めばわかると思うが、このような時間は酷い自己嫌悪に後で襲われる。
posted by miyuki at 01:40| Comment(3) | 私たちの思い

父からの寄稿1

普段洗い物とごみ捨てと子供の送迎とリコの世話と自分の隙間仕事に忙しい
夫からの寄稿。

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臨床心理士の竹江孝さんの講演「子供が危ない」要旨

・環境ホルモンと初産年齢上昇のために発達障害が増えている
・テレビやゲーム漬けで国民が痴呆化
・携帯メール30分やると脳波がおかしくなってその日は戻らない
・睡眠時間が少なければ少ないほど、国語算数の成績は下がる
・親子の会話や「ありがとう」の言葉で、なるべく子どもと対話する
・出生から小学校6年までは母親がベタで養育するのがよい
・不登校は夜更かしが原因で、ゲーム中毒など認知行動療法での治療が有効

感想。マスコミの報道や教育論をちょっと調べればいくらでも転がってる、おなじみで、陳腐な「ネタ」ばかり。知らないことは何もなかった。しかも、女が育てないと、思いやりに欠ける子供になる的なこと言って、古臭い。途中で、ただでさえ少ない聴衆(保護者)が、どんどん退席していったのは道理だ。

成績が悪い原因を、テレビ視聴時間や睡眠不足、朝食摂取習慣、ゲームやりすぎといった個別の事象に求めている。私が思うに、結局生まれた子供の家に本が何冊あったかとか、教育程度の高い親、金がある親だったかどうかが成績に最も影響する。生まれた家柄が悪ければ、成績も振るわない。こうした事象は、結果的には、家柄が良ければ大して影響を受けないで済むから成績も良いだろうが、家柄が悪ければもろに影響を受けて成績も下がるだろう。

つまり、ある成績の悪い子供がいるとする。その子供はもちろん、家に本は一冊もなく、親は離婚か、共働きで不在がち。暇だからゲームばかりするようになっている。そういう子供に対して、上記のようにいろいろなネガティブな事象を取り除く(この場合、ゲームをやめさせる)だけで、成績は上がるのか? 不在がちな親が満たしてくれない愛情を、紛らわすためのよすがになっていたテレビやゲームを取り上げるだけで、成績は上がるのか? 上がるはずがない。

だから、上述したような教育にネガティブな事象をあれこれ挙げて、やれ寝ないとバカになる、テレビ見過ぎはバカになるといったところで、実際のところ、そうではなくて済んでいるまあまあ豊かな家庭の親の現状追認を助けるだけで、問題の本質的な解決にはならないだろう。

もしも、問題を解決したければ、文部省と厚生労働省に気が遠くなるほどの予算を天高盛して、徹底的にマンパワーを充実させないとダメだろう。

で、今日のこの講演をセットしたのは誰かっていうと、公立学校の先生つまり、地方公務員だ。その公務員は、文部省と厚生労働省にたくさんの予算がついたほうが、嬉しい。

おや? 限られた国民の税金のパイの奪い合い?

娘は、臨床心理士にして、公務員にしよう(竹江さんは警視庁に務めていた)。なんだか幸せそうだったぞ。竹江さんは。
posted by miyuki at 01:36| Comment(0) | 私たちの思い

2012年06月26日

折りボラ

子供の通う小学校には親が中心になって活動しているボランティア組織がいくつもあります。
いつも熱心に活動されていて、頭が下がります。

休み時間の過ごし方について時々考えますが、こんなのはどうでしょう。
折り紙ボランティア、略して折りボラ。

ある部屋に毎日ボランティアの親がいて、そこでは折り紙をやれる。
休み時間に過ごす場所に困った子や、折り紙が好きな子はいつでも
そこに来て遊んでいくことができる。

お友達と来たら、お友達同士で折り紙をやればいいし、
一人で来た子は大人と一緒に折り紙をやる。

こんなことをはじめられたらと秘かに思っていますが…。


休み時間の過ごし方に困っている子は、ウチの子供ら意外にもいるんじゃないかな。

子供は元気に外で遊べ!

こんなふうに長い休み時間を、子供の自主性だけに任せていては
こぼれ落ちてしまう子の居場所がなくなってしまいます。
アスペルガーにとっては、こういう十把一絡げな発想が負担になる。
大人の介入で、こぼれた子が救われることもある。

多様な子供に対応して、学校も休み時間は放置するばかりでなく
遊びをリードすることがあってもいいのではと思います。

posted by miyuki at 22:32| Comment(0) | 私たちの思い

2012年01月18日

迷子の

イマの寝かせつけなどで眠れなかった私は朝、
イマが寝ている間にもう一度睡眠をとりました。
やっととった睡眠中にみたのは、リコが迷子になってしまった夢。
あちゃーいなくなった、探さなきゃと探し始めたころ目が覚めました。
ぐったり。

ちょうどその頃、夫は着替えをしながら
「リコは迷子になっちゃうんじゃないか、どこかで」とふと考えていたそう。

今日は学校帰りにお友達の家に直接行くことになっているから
そんなことが頭をよぎったのかも。

なんとなくおぼろげなリコなゆえ、そんな思いが無意識に
顔を出すんだろう。
posted by miyuki at 11:20| Comment(0) | 私たちの思い

2011年11月25日

昔の写真

ブログに記録していた6年くらい前の写真を見てみました。
リコが2才半くらい。ミチは幼稚園。ユイは産まれて間もない頃。
リコのアスペルガーの傾向も知らなかったし、ミチの周期性発熱も知らなかった。

リコは毎日の写真に指しゃぶりの様子が写っています。
中には靴下を手にはめて、指しゃぶりをやめさせようとしている写真も。
もちろんリコは泣いてます。パニック泣きの顔、今ならわかる。

かなり手こずったトイレトレーニングの様子も残っていますが、
おまるに長い時間座り続け、おしっこを我慢し、びしょびしょに泣いている写真。
これもパニック泣き。見ただけで泣けてくる。
「なんでミチが簡単にできたのに、リコはまったく出来ないんだろう」と
不思議に思いながらも、おまるやトイレに座らせトライさせていました。
結局トイレに慣れるのに半年近くかかった。
感覚過敏のせいかもしれないし、怖さがあったのかもしれない。
ウンチが見えないところに落ちていくプロセスが理解できなくて
恐怖心を感じると何かの本に書いてあったなあ。
あるとき、おしっこができて「あ、できた!かんたんだったねー」と
自分で拍手したという記録もありました。
そのころにはプリスクールに預け始めた頃で、いろんな負担が
リコにかかりすぎていたなあと思います。
家では投げてしまうご飯も、プリスクールではお弁当を全部食べてくるし
すごくがんばっていたんだね。
実家に帰省する新幹線では、ある時は1時間号泣、父がクタクタになるという記録。
そして別の時の帰省では帰りの2時間号泣…。聴覚過敏が原因の可能性が高い。
実家への移動はいつも大変だった。その頃から父へのこだわりが強く
父はいつもリコの世話でへとへとだった気がする。
アスペルガー症候群という視点から見れば、その頃のあれこれが理解できるし
やり方が間違っていたと気付くこともたくさんある。


そして姉のミチは毎月のように40度の熱。また熱がぶり返したと記録されています。
氷で脇の下を冷やすとブルブルと震える、痙攣は起きなかった、蕁麻疹がひどい、
夜中じゅう目が離せない、声を掛けると返事はする、そういう記録。
毎月繰り返す発熱に、なにか無理をさせているんだろうか(特に何もしてないけど)と
自問自答していたころ。


今はどちらも原因がわかって対処方法を学び、気持ちが楽になったなあと感じます。
仕方のないことだけど、トラブルに向き合っているときは視野が狭くなり
周りが見えなくなりがち。時間が経ってやっとわかることが多々ある。
昔の写真を見て、今の生活がリコに過度に負担になっていることはないかと考える。
昔のハチャメチャなリコを思い起こせば、2年生になって学校に通っていることが
奇跡にさえ思えてくる。
クッションに埋もれてぼーーっと空を見つめる時間も、指をしゃぶって恍惚とする時間も
今はほぼありません。
忙しい生活の中で流れに乗って宿題をしたりピアノを弾いたりお絵かきをしたり、
あわただしく過ごしています。

長年お世話になっているシッターさんに「リコちゃんがいるとなんというか、
その場がパーッと明るくなるよね」と言われました。
そう!リコのもつ素の明るさはずっと健在。これを失わないようにするのが
私達の役目かな。




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2011年07月15日

休み時間の企画

子どもたちが野放しになる休み時間の企画。

長い休み時間には、ある教室やグランドのある場所に
「あそびスタッフ」が常駐し、誰もが参加できる遊びをやってくれる。
グループ遊びが苦手な子やひとりぼっちになってしまった子は
そこに行けばいつでも遊ぶことができ、安心して休み時間を過ごすことができる。

そんな場所が欲しいなあ。

わたしの子供時代、特に女子の間では小さなねちねちとしたグループが
排他的な行動をとりがちで、そこに所属しない者はハブにされ、
所属してもある日急にシカトされ、そんな面倒な事態がしょっちゅう起こっていました。
社会性を身につける大事な時期だからお友達との関係を大切にしましょう!
そういうスローガンはただただ苦痛で、いらぬ同調圧力を産み
無駄な苦労をたくさんしてきた気がします。
思いやりやいたわりや、優しさや配慮はもちろん培って行かなくてはいけないと思います。
が、ねちねちとした小さな社会での圧力は、さわやかな感情を消し
まるで工作員のように緊張したアンテナを張って我が身が滅ばないように
子供ながらに必死に生き抜くことを強いている気がします。

一人でも堂々と過ごせる場所が必要だし、緊張せずに遊べる居場所が必要。
無理に人の輪に入る必要はないと思う。
そして孤立した人を輪に入れる配慮と孤立した人を変人扱いしない
広い視野が子供社会にも必要だと思う。

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2011年05月28日

8才になりました

今日はリコの8才の誕生日です。
自分の誕生日もやっと覚え、今日を楽しみにしていました。
あらかじめおもちゃ屋で目を付けておいたオリケシがプレゼント。
2週間ほど前から、姉妹に「誕生日カード書いてね、書いた?」と
何度も確認していましたし、数日前からは「プレゼント包んだ?」と
聞かれていました。
ちゃんとやりましたよー。

そんななか、数日前父のデスクに置かれた手紙。

おとうさんへ
おたんじょう日のときには、ものをかってくれてありがとう!!
お金があんまりなくなったら、お金をあげるよ!!
わたしがおたんじょう日のときに
すぐにほしいものをかってくれるのは、知ってるよ!
いろいろなものをかってくれるまえに、
おかあさんときょうりょくしてくれて、
ほんとうにありがとう!! りこより


ちょっと自分中心な感じがなくもないけど、お気遣いありがとう!

どうして自分だけがパニックになるのか、どうして感情が爆発するのか
どうして音が聞こえすぎるのか、どうして自分だけいつまでも赤ん坊のようになるのか
そういう微妙な違いは、アスペルガー症候群と(一般には)よばれるもので
自分はそういうものなのだ、と自覚し始めています。
そしてそれは、我慢することができれば物事がうまく運ぶことも気づき始めています。
だから、自分を取り繕ってなんとかうまくいきそうな方向に、
もっていこうとしている様子が時々みられます。
ぐずぐずになって取り扱いが難しくなっても、気を取り直して宿題を最後までやったり
行きたくないとごねていても、ふっと行く気持ちを持ち直したり。

毎日宿題をやってエライと思う。
ぎこちないながらも漢字を練習してエライと思う。
算数も逃げ出したりしないでエライと思う。
うるさい学校に毎日通ってエライと思う。
着替えも早くなったし、朝の支度もスムーズになった。
忘れん坊や頼りなさはあまり変わらないようだけど。
学校の教科書が分厚くなって内容もぐんと難しくなり
この先、どこかでつまづくことがあるかもしれない(特に算数)
つまづきそうになったら、精一杯サポートしてあげよう。
完全につまずいてしまっても大丈夫。
リコには絵心がある。空想力がある。
こういうものこそ、誰もまねできないすばらしい才能なのだから。

いつも愉快な毎日をありがとう。
そして8才、おめでとう。
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2011年04月30日

父とリコ

父を家に残し、実家に帰省した場合、リコは毎日が穏やかです。
小さなトラブルはあっても、きゃーーーーっとパニックになったりすることは
一度もなかったかもしれません。

「実家ではリコは穏やかなんだよ」と戻ったあとに父に話すと
「うっそーーー!なんで??信じられない」ときまって言います。

つまりリコは、甘える先(父)がある場合に限って
取り乱したりパニックになったり暴言を吐いたり捨て鉢になったりするのです。
我慢の限界レベルが下がる感じかな。
父であればどんな感情の乱れも受け止めてくれる、
そういう安心感があるのかもしれません。

アスペルガー症候群は、ある一人の人に強いこだわりを持つことがあると聞きます。
リコは小さい頃から「父」でした。
プリスクールで全員が「I like mummy!」と言っているなかで、頑として
「I like daddy!」と言い続けていました。

だからリコは父がいればいつでも自分をあらわにすることができ
我慢しないでいられます。
受け止める側はちょっと大変ですが、リコはそうやって
心身のバランスを取っているように見えます。
すべてを受け止めてくれる人が一人いれば、
アスペルガーの人はぐんと生きやすくなると思います。
posted by miyuki at 23:17| Comment(0) | 私たちの思い

2010年07月13日

でも、百はある。

でも、百はある。


子どもには 
百とおりある。
子どもには
百のことば
百の手
百の考え
百の考え方
遊び方や話し方
百いつでも百の
聞き方
驚き方、愛し方
歌ったり、理解するのに
百の喜び
発見するのに
百の世界
発明するのに
百の世界
夢見るのに
百の世界がある。
子どもには
百のことばがある
(それからもっともっともっと)
けれど九十九は奪われる。
学校や文化が
頭とからだをバラバラにする。
そして子どもにいう
手を使わずに考えなさい
頭を使わずにやりなさい
話さずに聞きなさい
ふざけずに理解しなさい
愛したり驚いたりは
復活祭とクリスマスだけ。
そして子どもにいう
目の前にある世界を発見しなさい 
そして百のうち
九十九を奪ってしまう。
そして子どもにいう
遊びと仕事
現実と空想
科学と想像
空と大地
道理と夢は
一緒にはならないものだと。

つまり
百なんかないという。
子どもはいう
でも、百はある。

ローリス・マラグッツィ (田辺敬子 訳)
レッジョ・エミリア保育の創設者の一人であるローリス・マラグッツィの詩。
posted by miyuki at 16:33| Comment(0) | 私たちの思い

2010年07月10日

耳をすませばを観てふと

金曜日にテレビでやっていた「耳をすませば」をちょっと観てみると
女の子が猫と一緒に崖からふわ〜っと飛びびゅんびゅん飛んでいく
シーンがありました。



その後、事務所でパソコンに向かっている夫に
「今、女の子が猫と飛んだんだけど、リコがあれを見て飛べると思って
ビルの上から飛んで落ちて死んだりしたら本当にかわいそうだ」
とつぶやきました。

「そりゃかわいそうだ。本当は飛べないんだと教えてあげなきゃ」

そんな答えでした。


7才になった今でも、現実と空想の区別がイマイチついていない感じを受けるリコ。
本当はどうなんだかね。
心配することは、多くあるんだよ。
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社会に出なきゃいけない

リコが2歳半頃から通っているプリスクールに、同じ頃からいるKくんがいます。
お母さんは自然体のサバサバした人。送り迎えの時間帯が微妙にずれているので
あまり話すチャンスはないけれど、先日たまたま会って、
「サマースクールでまたリコちゃんと会えるね、うっしっし」と言ってくれたので
「実はリコは…」とアスペルガー傾向について初めて話しました。
なんとなく理解してくれる気がしたので。
案の定彼女は自閉症についてたくさんの知識を本などから得ていて
姪っ子が自閉症なのだと教えてくれました。

リコについてはまったくそういう風には見えなかったようです。
接触少ないからね。
自身の子どもKくんについてもいくつかの条件が当てはまり
グレーゾーンにいるんじゃないか、きっとそうだと確信していました。

「でも社会に出なきゃいけないからね」と。
姪っ子は重度の知的障害があり、特別に受け入れてくれるところがあるようです。
アスペルガー症候群については、知的な遅れがない分普通学級でやっていくことが多いし
社会にもでなきゃいけない。
得意分野をみつけて没頭できるような職業につければいいんだけど。
脳の機能障害だから、一生つきあって行かなくてはいけないんだし。
収入があって本人が幸せに生きていければ。
そいういう思いを持っていました。



以前クローズアップ現代で、アスペルガー症候群の不得手な部分を理解した上で、
得意分野を活かした雇用を行っている会社が紹介されていました。
そういう取り組みはまだごく一部のようです。

リコはどういう方法で収入を得るようになるのかなぁ。


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2010年03月08日

豊かな脳内空間

「テレビは見てはいけない」(苫米地英人著)の終わりの方に
アスペルガーの人たちの豊かな脳内空間 という章があります。
ひとつの例としてプログラマーがあげられ、彼らは自分の脳内に
巨大な情報空間を構築し、それを整合的に維持していて、それができる人は
自分の内側の世界が外側の物理空間よりはるかに巨大で、はるかに豊かで、
その臨場感を楽しめる人たちだと。

リコはまさにこれだ!

宇宙のような情報空間がリコの脳内にはあるに違いない。
いつも空想にふけっているのも狭いところに長時間いたがるのも
混沌とした宇宙の世界で、外界では考えられない常識はずれな事柄が
生まれているのかもしれない。

著者が言うように、アスペルガーといえば外の世界から自分を防御するために、
自分の世界にこもってしまうという印象がありますが
そうではなく内面にある巨大な情報空間に対しての臨場感が高いために
外部世界に対しての重要度が下がっている。

こう考えれば、リコのハッピーなBモードの時間がなんと大切なことだろう。

夕飯前に自分の作業に没頭するのも、大目にみてあげたくなってきた。



posted by miyuki at 22:31| Comment(0) | 私たちの思い

2010年01月25日

学校

アスペルガー症候群はチック、うつ病、強迫性障害、統合失調症などの
二次障害を発症することがあります。
リコはたった6才であるのにストレスに過敏でチックや吐き気などの
身体的な症状が出がちです。
それは見ていてただただかわいそうに思います。

できるだけ二次障害を起こさないように努めなくてはいけないのですが
小学校の生活がどれほどの負荷になるのか、今は想像することしかできません。

二次障害に苦しんだり、命を落とすような事態になるのであれば
学校なんか行かなくていいという思いが根底にあります。
でもそうなる前にいろいろとやるべき対策があるので、
専門医にアドバイスをもらいながら手探りしているところです。

身体的なストレス症状はマイナスな面ではあるけれども、
そればかりにとらわれていると、リコのもつ一風変わった才能をも
つぶしてしまうような気がするので、
両者のバランスをとりながら、うまくやっていけるよう環境を整えることが
今の課題かな。
posted by miyuki at 22:00| Comment(0) | 私たちの思い

2010年01月08日

セロトニン神経(記事)

自閉症、脳内の神経の働きと関係−浜松医科大

 浜松医科大精神神経医学講座の森則夫教授らを中心とする研究グループは1月5日、厚生労働省内で記者会見を開き、自閉症の人の脳内では「セロトニン神経」が正常に働いていないとする研究結果を発表した。同日に米専門誌「Archives of General Psychiatry」に掲載された。辻井正次・中京大現代社会学部教授は会見で、「(脳内に)障害部位があることが明らかになったのは、今後、発達障害者の支援を実現していく意味ではとても大事な研究になる」などと述べた。

 発表によると、薬物療法を受けたことのない自閉症の人20人と健常者20人の脳を頭部専用PET(陽電子放射断層撮影)スキャナーで撮影。分析したところ、自閉症の人の脳全体では、「セロトニン神経」の働きを調整するたんぱく質「セロトニン・トランスポーター」の密度が健常者と比べて低下しており、「セロトニン神経」が正常に働いていないことが分かったとしている。自閉症の人の脳内での障害が画像研究で明らかになったのははじめてだという。
 また、脳部位の「帯状回」でセロトニン神経の働きが弱まると「相手の気持ちが分からない」との症状が、「視床」での働きが弱くなると同じ行動などを繰り返す「こだわり」の症状が強まるなど、症状の重症度と相関が見られたという。

 森教授は会見で、自閉症に関連する遺伝子は複数あるとしたものの、「遺伝子がどのようにセロトニン・トランスポーターの異常につながっていくかはブラックボックスだ」と述べた。また、「遺伝子の関与があることは明らか。環境もまた遺伝子に作用する」と述べる一方、精神的な障害には誰でもなる可能性があるとして 「(自閉症は)『遺伝病』では決してない」と強調した。
 また辻井教授は、2005年4月の発達障害者支援法の施行以来、発達障害は公的に認められたが、脳機能の障害は「何が障害なのか」を説明できない状況が続いたと指摘。「障害がありながらもきちんと可視化できず、いろんな意味での不利益を生じさせていた」と述べた。その上で、「障害部位が確かにあるということが(研究で)明らかになったことは、今後、発達障害者の支援を実現していく意味ではとても大事な研究になる」とした。



***

よくわからないので調べてみよう。

セロトニン・トランスポーターとは…
シナプス前ニューロンから放出された神経伝達物質セロトニンはシナプス後ニューロンにあるセロトニン受容体に作用する。シナプス間隙に貯まったセロトニンは、セロトニントランスポーターにより再取り込み(吸収)され、再利用される。


うつ症状の改善薬として使用される「選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)というものがあります。
うつ状態にある人はシナプスにおけるセロトニンの濃度が低すぎるため、セロトニン受容体にセロトニンが作用しにくい状態となっている。SSRIはセロトニンを放出するシナプスのセロトニントランスポーターに選択的に作用し、セロトニン再取り込みを阻害する。このことによって結果的にセロトニン濃度がある程度高く維持される、そうです。

セロトニントランスポーターを阻害するということは、今回明らかになった「自閉症はセロトニントランスポーターの密度が低下している」ことと似ていると思ったのですが、間違ってるかな。


今日はここまででおしまい。



posted by miyuki at 00:40| Comment(0) | 私たちの思い

2009年12月08日

ほめるコト

今日はある講演会で「ほめる子育て」についてのワークショップに参加しました。
小さなことでもほめる。やろうとしていることをほめる。存在自体をほめる。

なんでも要領よくこなせるミチは、ちょっとできたくらいでは当たり前、たいしてほめられません。
ギターは毎日練習して当たり前、通信教育は毎日こなして当たり前。
そんな当たり前意識がいつの間にか「ほめる」ことを忘れさせていたようです。
心の中ではがんばってて偉いな〜という気持ちはあるのですが。
もうちょっとできるよね、という気持ちがどこかにある。

一方我が道を行くリコには、何をやっても「すごいね」「上手だね」「えらいね〜」と
素直にほめられます。自然にほめられるんです。

この違いは何だろうと常々思っていたのですが、ほめ言葉が出るのかでないのか、
これは「要求レベル」にかかっていることがわかりました。
要求レベルを低くすれば、ほめるチャンスも自ずと増えるというわけです。

そんなわけで、ミチには上手にほめることができず申し訳なかったと
心が痛み、ワークショップで書き出したミチへのたくさんのほめ言葉を
そのままミチに読んであげました。
普段は一切触れないこと。
毎日宿題をやってすごいね、朝起きて時間通り学校に行ってえらいね、
毎日学校からちゃんと帰ってくるとうれしいよ、
こわいけど跳び箱をやろうとしてがんばってるね、
いつも一緒にご飯を食べられてうれしいよ、大事だよ、大好きだよ。
そんな言葉をテレながら聞いていたミチですが、気持ちは伝わったでしょうか。

頭ごなしに叱るのはやめよう。
大間抜けな私の母はほめることだけはピカイチだったではないか。
母がいつも自然にやってくれたように、子供のプライドをベールで包むように大切にしてあげよう。




posted by miyuki at 23:52| Comment(0) | 私たちの思い

2009年10月01日

小学校

今日はPTA活動のため小学校に行ってきました。
今週土曜日に運動会を控えた児童たちは、雨のため体育館に集まって
全体練習を行っていました。
ぴちっと整列していて、800人もいるというのにシーンとしていて、
先生の張りのあるマイクの声だけが響いていました。
練習とはいえすごい緊張感。

リコも来年からは小学生になります。
この集団の中にリコが入っていくことを想像しただけで、
リコにかかる負荷があまりにも大きすぎるのではないかと心配です。

「枠にはまる」ということがもっとも苦手とするところです。
父母にもそういう傾向はあるけれど、リコはもっと深刻で様々な形で
不都合が外に現れてきます。

お友達とうまく過ごせるか、休み時間終わりのチャイムを聞き逃さないか、
先生の声をちゃんと聞き取れるのか、板書ができるのか、
ノートが落書きでいっぱいにならないか、
休み時間内に体操服に着替えられるのか、宿題をやれるのか、
小さい間違いを気にせずやり過ごせるか…
心配の種は尽きません。

リコにとって学校生活がつらいところになるようなことがあれば
負担を軽くできるように対処しなければなりません。
それにはいくつかの段階があると考えています。まずは
先生に理解と対応をお願いすること、そしてお友達にもお話しすること。
つぎに、学校を休むこと。逃げ場として家が安心であることはとても大切だと考えます。
それから、もっと適切な学校も検討すること。

まだ小学校にも入っていないし、どうなるかわからないけれど
知人の成人アスペルガーの体験談などからリコが直面する可能性のある出来事を
あらかじめ予測し先までを考え、できるだけ柔軟に対応したいと思っています。
無理はリコの体にも精神にも支障を来すことをこれまでの経験から
感じ取っています。

根が明るく陽気で脳天気なリコにはその個性が活きる日々を送って欲しい。
体育館にキチンと並んでいる子供たちをみて、リコの人生をしばし考えてしまいました。






posted by miyuki at 00:10| Comment(0) | 私たちの思い

2009年09月25日

自己肯定

3姉妹のなかで、いちばん怒られているのはリコです。それも毎日。
朝はいつまでも靴下をはかないで「早くして!」と怒られ
昼はいつまでも手を洗い続けて「水がもったいない!」と怒られ
夕方はゆびをしゃぶって「もうしゃぶっちゃだめ!」と怒られ
夜は冷蔵庫のアイスを探すのに開けっ放しで「早く閉めて!」と怒られ…

日常の小さなことが、ちょっとスムーズにはいかないために
親から(時には姉妹から)注意を受けてしまいます。
注意する側とすれば、当然いけないことをしていたり、もどかしかったりと
理由はあるわけですが、本人にしてみればいつも真剣で怒られてからはじめて気づくことが多いのです。
時には困らせてやろう!と意図的なこともありますが。

こうやっていつも叱られてばかりでは、そのうち自己否定に陥って
悲惨な方向に向かってしまう可能性もあります。
それは短期的ではなく、リコの一生を通じて配慮していかなくてはいけないと思っています。

リコに限らず他のきょうだいも含め、自分を大切な存在だと思う自己肯定感をもてるように
私たちができることの一つに「ほめる」ことがあると思います。
ほめてあげること。
意外に難しいのですが、ちょとしたことでもほめる、という心がけを忘れないようにしたいと思います。

靴下がはけなくてつい「早く」と言ってしまうけれど、はけた後は「じょうずにはけたね」と一言。
靴下がはけないときに「早く」ではなく「昨日できたよね、だからがんばろう」とか。

取り扱いに困ってしまって怒り心頭に発しているときに、果たして
ほめることができるのか、私には自信がありませんが
せめて穏やかなときはたくさんほめてあげたいと思います。


私の母は仕事ばかりであまりかまってもらった記憶はありませんが
いま思い起こしてひとつ言えることは、よくほめてくれたということ。
母は私のすることなすことに(かなりハチャメチャだったけど)けなしたり怒ったりすることはなく
いつも「すごい」「へえ〜」「じょうず〜」とほめてくれました。
それはどんなにヘタなものでもほめるのです。
字が汚くても、ピアノのレッスンから逃げ出しても、相当に悪いことをしても。
そのおかげで?いつも自信に満ちていたような気がします。

頼りにはならない母だけれども、この点は見習わなくてはと思います。
posted by miyuki at 10:06| Comment(0) | 私たちの思い

2009年05月18日

大人げもなく

こんなことを記録するのは少し恥ずかしくもありますが…。
母の私、なりふり構わず泣いてしまったことがあります。
リコにアスペルガー症候群の傾向があるとわかった直後のこと。
そのころはリコは年中になってしばらく経った頃で、
「幼稚園では一人なんだよ」「友達はいないよ」みたいなことを
ぽつりと言うことがあって、チックもひどくなっている時でした。
アスペルガー症候群はコミュニケーションがうまくとれないことがあると知り、
元気に幼稚園に出かけていくので一見何の悩みもなさそうに見えて、
実は悩みを悩みと捉えられずに、表現できていないのではないかと思い
「幼稚園はたのしい?」と聞いてみました。
すると
「たのしいけどさびしい」と返ってきました。

この答えに思わずリコを抱きしめてわぁわぁと泣いてしまいました。

幼稚園の新しい環境をうまくつかめていないことや、
先生のきつい対応、お友達とのかかわりがうまくいっていないこと、
そういうことを初めて認識しました。


そして最近も、ちょっと泣きました。
夕飯時、母離席中にリコがあまりに言うことを聞かなかったらしく
父に「一緒に暮らせない、さよならだよ!!」ときつく叱られていました。
普段あまり叱ることのない父に叱られたリコは、すっかりしょげてしまって
寝室のベッドにもぐり込んでいました。
覗いてみると目に涙を溜めて、必死にその状況を消化しようとしているようでした。
ほんとうに「さよなら」だと思っていたのかもしれません。
言葉の裏を読むようなことがなく、ストレートに受けてしまうことがあります。
自分でハチャメチャなことをしておきながら、「さよなら」の言葉に
傷ついてしまっているリコに
言いようのない不憫な気持ちがわいてしまいました。
いつもは叱り役の母、叱るときはリコの気持ちまで考えることが
できなくなっています。
冷静にリコを思えば、リコはいつも真剣ですべてをまっすぐに受け止めているのです。

posted by miyuki at 23:40| Comment(0) | 私たちの思い

2008年11月10日

子供ってみんなそうじゃない?

道路に飛び出します、昨日今日明日がわかりません、気が散ります
ちょっとしたことでぎゃーぎゃー騒ぎます、注意してもやめません
夕方はぐずぐずワケが分からなくなります、尋ねても答えません
などなど、リコの事を話してみると

「子供ってみんなそうじゃない?」

と言われることがとても多いです。

いえ、そうではありません。ちょっと違うんです。
ほんとに微妙に違うんです。
これは親の直感です。

だから小児科に相談し専門医にも診てもらったのです。
小児科の先生ですら「考えすぎでは」の態度でした。

スーッと受け入れてもらえるのは、結局専門医だけでした。
話があっさり通じたときの、気の晴れようと言ったら!!

親の直感もあなどれません。
posted by miyuki at 22:35| Comment(0) | 私たちの思い

知ろうとすること

姉と同じクラスに、授業中床にねっころがったり
初対面の母親に抱きついてきたりする子がいました。
いわゆる注意欠陥多動症(ADHD)のように私には見えました。
アスペルガー症候群には注意欠陥多動症も付随していることもあり
関連書などを通して、自分でもコントロールが効きにくいことがあることを、
たまたま読んで知っていました。

ある日の保護者会で近くになった別の母親が
「なれなれしい子はキライよ!って本人に言ってやったのよ」
と言っていてドン引きしてしまいました。
そしてある時は、別のクラスの友人の母親から
「あの子は寂しくてああなってしまったというウワサが流れてる」
と聞きました。

そうではないんでないか、と自分の解釈を説明しましたが…
あまりにも知識に乏しく勝手な思い込みで事が終わっていて
唖然としてしまいそうです。
私にも知らないことが多くあり、間違えていることがあると思いますが
事実を知りたいし、理解したいと強く思います。
生まれてくる子供には様々なハンディがあることを、母親学級や産後指導で
広く認知されるような指導があれば良いのではないかと思います。



posted by miyuki at 22:17| Comment(0) | 私たちの思い

2008年11月09日

カミングアウト

リコがアスペルガー症候群の傾向があることを、リコに関わる人には(今は大人が対象ですが)
できるだけ知ってもらいたいと思っています。

関わりの多い幼稚園の先生、習い事の先生には一応伝えてあります。
お友達の親にも何人か伝えました。
そして家族の中でもよく話をしますので、本人も「アスペルガー」という言葉を覚えたようです。リコの個性だと説明しています。

一見困難を抱えているようにはみえない障害だからこそ、
話をして時には参考文献を持ち出して、理解をしてもらう必要があると考えています。
人によっては「伝えない方が良い」と妙な直感がはたらくこともありますが。

小学校にあがる時、就学時検診というものがあります。
身体測定に加え、親元離れて簡単なテストをやるようです。
そこでひっかかると、先生に呼ばれてお話があると聞きます。
リコが行く予定の小学校には特別支援学級がありません。
800人もの生徒がいる都内有数のマンモス校にもかかわらず。
学校生活になじめない子は少し離れた特別支援学級のある学校に通います。

リコが小学校にあがるときには事前に先生に伝えたいと考えていますが、
入ってみて様子を見てからでもいいのかもしれないという思いもあります。
まだ今は幼稚園年中。
これは今後、専門の先生と相談していきたいです。




posted by miyuki at 22:49| Comment(0) | 私たちの思い

2008年10月29日

どうしても対応できないときもある

長女、三女と比べると、リコには扱いにくくなる時があります。
何を言っても聞き入れられず、やらなきゃいけないことがやれず
わけがわからない状態。マイナスな方向に向かっている感じ。
こういうときに、いつも悠々と構えていられればいいのだけど
自分に余裕がなくなってイライラと冷たく厳しくあたってしまうことがあります。
間違った対応は本人を傷つけるだけだし良い方向にはいかない、と
わかっていても、ダメなときがあるのです。
抱きしめてあげればいいのにそれすらできないときがあるのです。
そういう時は夫の方がだいぶ懐広く対応しているように思います。

こんな日はアスペルガー症候群の関連書を読み返し
マイナスな方向に向かっているのは、なにかしら原因があり
本人も混乱してそうなってしまっていることをあらためて確認し
深く反省するのです。
いつでもすべてを深思して受け入れなければ。

今夜は家栽の人を読んで気持ちを落ち着かせよう。











posted by miyuki at 00:19| Comment(0) | 私たちの思い

2008年10月23日

記録する意味

リコにアスペルガー症候群の傾向があるとわかってから関連書を読むと
これまで不可解だった言動に「ああ、こういうことだったのか!」と合点がいくことが多くあります。
原因がわかってスッキリした、という感じでしょうか。


小さい頃からいろんな場所に割とあっさりと適応してくれるので、良しとしていたのですが
ASの視点で考えてみると、本人が困惑していることが意外に多いような気がしています。
幼稚園でお友達との関わりは、実際に様子を見ることができないので
先生の話から、もしくは本人からしか知り得ないのですが、
思いを表現すること、状況を把握することの苦手な本人からは
本当の状況がうまく伝わってこず、かといって先生がすべてを把握しているわけもなく、難しいところです。

時々本人が言う「幼稚園は楽しいけど寂しい」という言葉は
アスペルガー症候群を知ってからとても重く受け止めています。
うまく関わりがもてないことに、リコも何かしら違和感を感じて
つらい思いをしているのかもしれません。

一見普通にみえるけれども「ん?」と思う時がある、
このちょっとヘンだな〜と思うところは端からみれば
たいしたことが無いかもしれないし、まだ小さい子供だからと
思われるだけかもしれない。
おそらくいつも接している家族にしか感じられない小さな違和感も
あるかもしれない。
そして、とてもユニークな発想にはっとさせられることもしばしば。大笑いさせられることもしばしば。
そういうちょっとした気づきを記録したいと思います。

リコが困ったことに直面したときに助けられるように、
おおいに持てる力を発揮できるように
アスペルガー症候群を少しでも理解できたらと思います。

posted by miyuki at 16:23| Comment(0) | 私たちの思い